「生きる」こと

2005年8月30日 日常
24時間テレビから2日程経ちましたが。何となく、「生きる」ことについて考えていました。難しいなあ。簡単に言葉に出来ませんよね。「生きる」って、何だ?って聞かれても。

あの2日間の中で、私が一番印象深かったのは、実は吾郎ちゃんのダーツの旅です。朗らかな吾郎ちゃんの笑顔と、道志村の人たちの笑顔が、とても綺麗だと思った。温かい心を伝え合ってた。素敵だった。「生きる」って何?の、その答えが、充分に詰まったVだと思いました。

「百姓は経済的に厳しい、でも、守り伝えることが生きがい」と、笑顔で言ったおじさん。
「好きなことを精一杯して最期に幸せだったと思えればいい」と、取れたての自慢のキュウリを食べさせてくれたご夫婦。
「日々真剣に生きる」と言い、トントン拍子にいくようにと豚の木工細工をくれた男性。
「クレソン取ったら何もない」と、クレソンに賭ける静かな意思を見せてくれたおじさん。
「色々あるけど、素晴らしい」と言って、仲間と楽しく過ごす時間を持っている元女学生(笑)のご婦人方。

生きるって、何も特別なことじゃない。一日一日、自分が出来る事・やるべき事を、懸命に真剣にやること。自分を支えてくれる人達に感謝しながら、自分に与えられた仕事や使命を、誇りを持って全うすること。
真面目に、真摯に、日々を過ごすこと。それが、「生きる」ことなんだなあって、吾郎ちゃんのVを見ながら、しみじみとそう思いました。

そして、「生きる」人達の素直な、誠実な言葉を引き出した吾郎ちゃんも、確かに、今を真剣に生きる人なんですよね。一度、それまでの人生の中でどん底の気持ちを味わった人。そして、そんな時、何も言わずただ一言、自分を「守る」と言ってくれた仲間、テレビの向こうからメッセージを送り続けてくれた仲間、復帰の日、穏やかに「お帰り、ごろちゃん」と言ってくれた仲間、復帰の年のライブで、涙を堪えながら、素直な気持ちをぶつけてくれた仲間。そして、家族、スタッフ、ファン。回りから支えられている、生かされていることを実感したに違いない人。だからこそ、今の彼が見せる朗らかな笑顔が素敵に感じるし、カッコ悪いことを楽しむ余裕が出来た彼のコントに笑顔を貰える。そう思います。

同じことを、「世界にひとつだけの花」を作ったマッキーにも感じることがあります。きっと、彼もどん底の気持ちを味わったに違いない。でも、どん底にいるからこそわかるものがある。誰の上にも平等に広がる青空や、誰の体にも同じように降りかかる雨、誰の目にも同じ色合いを見せてくれる夕焼け。誰かが誰かより上とか下とか、優劣なんて存在しない。其々が、生まれた時から特別な存在なんだ。そんな気持ちから生まれた歌だと思う。そして、それを、誰よりSMAPに歌って欲しい、そう思われたこと。そうして歌った歌が、たくさんの人に受け入れられたこと。素晴らしいことだなあ、と思うんです。誇りに思ってほしい、と思うんです。いつか雑誌で話してくれた、中居君のこの歌に対する気持ちが、歌っていく中で変化していったことが、私はとても嬉しかった。

久々に見た24時間テレビは、私に、たくさんのことを考える時間を与えてくれました。剛と慎吾がMPやらなかったら、きっと見てなかった。大役を務めてくれた二人に、心から感謝します。そして、そんな年下二人を、それぞれの形で応援し、元気づけた、中居君、木村君、吾郎ちゃんにも。思わず、赤のチャリT、注文しちゃったよ・・・!!

コメント